シンエヴァと「式波」アスカラングレー

エヴァンゲリオンには従来より2人のメインヒロインがいる。綾波レイ惣流アスカラングレーだ。


エヴァ時代はこの2人には人気格差があった。エヴァファンから圧倒的人気を得ていた綾波レイと、少数派から支持されるアスカ、という構図が定着していた。


それもそのはずで、旧エヴァのアスカというのはハッキリ言って単に嫌な奴なのだ。謎めいていて無口だけど徐々にシンジに対して好意を示してくレイに対して、シンジくんに対して厳しい事しか言わない嫉妬深く我の強いアスカ。そのためファンがレイを支持するのは当然だった。


エヴァではざっくり言うと、綾波レイは量産されるアニメキャラクターのメタファーであり、アスカは他人のメタファーだった。そして最終的にシンジくんは綾波レイに別れを告げ、嫌な事しか言わないアスカのところに行く、というのが旧エヴァの大きなテーマだ。


レイとアスカはその後のアニメのキャラクターに大きな影響を与えたキャラクターである。レイの無口キャラはその後大流行したし、アスカはツンデレのテンプレである。しかし実は旧エヴァではアスカはほとんどデレたことがない。たとえシンジくんに対して好意を持っていようとも、それを気の利いた態度で示してくれるような気持のいいことはしてくれないのだ。何を考えているのか分からない他人。それがアスカだった。


しかしその状況は徐々に変わっていく。旧エヴァ終了後、ゲームやパチンコなどエヴァンゲリオンがメディア展開していく中で、アスカというキャラクターが様々なクリエイターたちの手によって一人歩きし始めたのだ。宮村優子はラジオで「アスカが旧エヴァ本編で言ったことないような台詞を各メディアではたくさん演じてきた」というようなことを話している。


その結果、「ツンデレ」アスカラングレーは誕生したのだ。またそれによって、ファンからのアスカ人気はどんどん上昇していった。


そんなアスカは新劇場版でも「破」から登場する。この時、苗字が惣流ではなく式波に変わっていた。いったいそれに何の意味があるのかは分からなかったが、その意味はシンエヴァンゲリオンで明らかになった。また、「破」では式波アスカと共に真希波・マリ・イラストリアスというよく分からない新キャラクターが登場するが、その意味もシンエヴァで明らかになった。


新劇場版「破」に登場する式波アスカはハッキリ言って良い奴だった。口調は相変わらず厳しくツン要素も多いが、いざというときには仲間のことを考えて行動する、まさにヒロインの立ち振る舞い。この時点で、アスカのキャラクター人気は綾波レイを上回る。


そしてシンエヴァンゲリオン


シンエヴァでアスカは衝撃的な告白をする。自分(アスカ)はレイと同じ複製品であるというのだ。


これは、エヴァンゲリオンというコンテンツを取り巻く環境と、エヴァの物語世界内との、そのメタフィクショナルなロジックがあまりにも美しい告白だった。


新劇場版でもう一度旧劇場版と同じことをやろうとした時に、アニメファンに記号として消費されていたアスカは従来の他人としての機能を果たせなくなっていた。アスカはすでにツンデレブームの源流ともいえる象徴的なアニメキャラクターになり、その人気も綾波レイを上回っている。だから、新劇場版にいるのは惣流アスカではなくその複製品、綾波レイと同じくアニメキャラクターのメタファーとしての式波アスカなのだ。


そして、エヴァの外側からやってきたものとしてマリがいる。


そのため、最後にシンジくんがアスカでなくマリを選ぶのも、旧劇場版と同じことをやろうと考えれば当然なのだ。アスカは今はもう選べない。選べないが、だからこそ「以前は好きだった」というシンジくんの告白は泣けるものがある。その台詞は24年前の嫌な奴だった惣流アスカに向けられている。